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「左ききのエレン」27歳で死を決めた岸あかりの気持ちについて

時代が進むにつれて、人の寿命は伸びていて、今の若者は100歳まで生きるなんて言われてるじゃないですか。ここで、僕は疑問があります。

 

寿命が伸びることは幸せなんだろうか?

昨日に引き続き「左ききのエレン」について書かせてもらう。「左利きのエレン」のなかで、上記の疑問の答えに近い考えをもつキャラクターがいた。

それが天才画家、エレンのライバル?というか物語上唯一エレンと同じ目線で話せる天才モデル「岸あかり」がいた。

 

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(左ききのエレンより引用)

 

岸あかりは27歳で死ぬことを決めている

岸あかりは天才モデルだ。自分でも自らのことを、「モデルの才能しかないクズ」と自称している。だからこそ、美貌を保てる年齢までしか自分に価値がない、緩やかに価値が減っていくことは耐えられない、だからこそ、27歳になるまでに死ぬと決めている。

 

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(左ききのエレンより引用)

 

 

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(左ききのエレンより引用)

 

f:id:jonnyhi0122:20190417043948p:plain(左ききのエレンより引用)

 

これって、もしかしてめちゃくちゃ幸せな生き方なんじゃないかと思ったんだよね。

 

例えば今僕は仕事をやめて、無職期間中で、しばらく無職を満喫しようと思ってるんだけど、そういうと周りの人からは「将来どうするの?」「そんなんじゃ生きていけないよ」「辛いことを我慢しないといつか苦労する」なんてことを言われるんです。

こういうことを言われるのって、大前提として、「人間の寿命は80歳ぐらいまであるんだから老後のために頑張らないといけない」という考えからだと思う。

 

もちろん長生きが悪いことと言うつもりはないけど、長生きすることが幸せなことかと言われると、必ずしもそうではないんじゃないかと思うんですよね。

 

寿命が決まっている方が幸せなんじゃないだろうか

例えば、あなたはゲームをするとします。

最初の村からスタートして、少しずつ敵を倒してレベルを上げていって、物語を進めていく。当然みんなゲームをしていれば、ラスボスが後に控えていることを知っているから、重要な消耗品は残しておいて、いくらでも手に入るアイテムから使っていく。

 

よく【あなたは「エリクサー」を使えたか?】なんて話があるじゃん。(FFで物語上一個しか手に入らない全ステータス回復のアイテム。一個しか手に入らないからどこで使うかがとても重要。)あれなんてまさに、先があるのを知っているから使うべき場面でアイテムを使えない象徴的なもの。

 

もちろん、ゲームならラスボスと言う最後がハッキリしているから、最後に全消耗品を使い切ってゲームクリアに至る。

 

ところが、困ったことに人生には「最後」と言うのが明確に決まっていないんですよ。となると、どこで何を使うかの判断がとてもしずらい。

 

この前ニュースか何かで、30代でガンをになり、余命半年ほどの女性がインタビューされていた。その女性は、「ガンになったことにメリットを感じている」と言っていた。

具体的には、

・老後のためにやりたいことを我慢する必要がなくなった

・貯蓄の必要がなくなった

・年金の心配がをしなくて済む

・悪いことをして捕まっても、どうせ死ぬ

他にもいくつかあげていたのだけど、僕は「確かになぁ」と思った。

 

今の人は80年という寿命のせいで人生を無駄にしている

僕が考え方の参考にしている人に「0円ラボ」というブログを運営しているまー坊という人がいる。その人はブログでこう書いている。

日本で生きている僕たちは「健康余命」ではなく「寿命」から人生設計することを強いられるってことだ。これが「不幸せな会社員」を増やしている原因の一つだ。

寿命90歳くらいを想定してる人が多いかもしれない。

そこから逆算して人生設計をすると大変なことになる。

仮に75歳まで普通に働いてその後、老後ライフを満喫するのか。
さすがに75歳ともなるとそこそこヨボヨボになってると思う。75歳になったらできないことがいっぱいある。

だとしたら老後にかかるコストを支払うために今やりたくもないことをして生きるなんて全く意味がない。「75歳-90歳の自分のために22歳-75歳の自分を犠牲にする」なんて。

(0円ラボより引用http://0labo.com/2018/03/27/%E4%BF%BA%E3%81%AF%E3%80%8C%E4%BD%99%E5%91%BD%E3%80%8D%E3%82%92%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%81%9F/) 

岸あかりの考え方はまさにこれをもっと極端にしたものだ。

つまり、人生の時間を自分で決めて、その時間を最大限に楽しむというもの。

ヨボヨボになってから自由を手にするのではなく、今を自由に生きて、自由に生きれる時間が終わると同時に死ぬというもの。

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(左ききのエレンより引用)

 

 

もしかしたら多くの人には共感できないかもしれないけど、僕にはこの言葉はとても刺さった。ほとんどの人は「今」という時間を、先の先の、まだ何も見えていない、あるかどうかもわからない未来のために無駄に消費していると思う。でも、それは本当に幸せなことなのだろうか?

 

もちろんそのさきに明確な目標がある人は、そこに向かって突き進めばいい。

じゃあ、「老後の目標」がない人は、なんのために「今」の時間を犠牲にして、嫌な仕事や辛い毎日を耐える必要があるのだろう。

 

人生の時間を自分で決めることは、もしかしたらとても幸せなことかもしれないなぁと思いました。本日は以上。それでは。